最高裁判所第三小法廷 平成4年(行ツ)18号 判決 1992年4月07日
大阪府東大阪市寿町二丁目二の一三
上告人
金鎮栄
右訴訟代理人弁理士
安田敏雄
吉田昌司
谷藤孝司
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被上告人
特許庁長官 深沢亘
右当事者間の東京高等裁判所平成二年(行ケ)第一八九号審決取消請求事件について、同裁判所が平成三年一〇月八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人安田敏雄、同吉田昌司、同谷藤孝司の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)
(平成四年(行ツ)第一八号 上告人 金鎮栄)
上告代理人安田敏雄、同吉田昌司、同谷藤孝司の上告理由
第一、原判決には、実用新案法第三条の二第一項の解釈適用を誤った法令違背があり、これが判決に影響を及ぼすことは明かである。
(1) 原判決は、「本願考案(甲第二、三号証記載の考案)は、先願考案(甲第四号証記載の考案)と比べ、補助タンクの容量が冷却水を少なくとも二〇l以上増量する大きさで、かつ冷却水ジャケット出口における冷却水温度を五〇℃以下に維持する大きさとされているのに対し、先願考案のヘッダータンクはその容量がどの程度のものか明記されていない点で形式的に相違するが、前記相違点は、先願考案に意味のない限定及び単なる設計変更を加えたに過ぎないものであって、本願考案は先願考案と実質的に変わるところがない」(原判決第三〇丁表第二~五行)と判示する。
(2) しかしながら、原判決の前記判示は、実用新案法第三条の二第一項規定の「同一」の意味を拡大解釈したものであって、同項の規定の解釈を誤った違法があるというべきである。
以下、その理由を述べる。
(3) 実用新案法第三条の二第一項の規定は、後願の出願後に出願公開または出願公告された先願の願書に最初に添付した明細書または図面に記載されている考案と同一考案についての後願は拒絶される旨を規定している。
即ち、この規定が適用されるのは、先願考案と後願考案が、「同一」の場合に限られるのである。
一方実用新案法第三条第一項では、公知、公用、刊行物記載の考案と「同一」の考案は、登録を受けることができない旨規定し、更に、同法第三条第二項では、「同一」でない場合でも、いわゆる進歩性を有しない考案は登録を受けることができない旨を規定している。
法律に用いられる主要な用語の意義は、同一法律においては同じ意味で用いられるべきである。
従って、同法第三条の二第一項の規定に用いられている「同一」の用語の意味は、同法第三条第二項の規定との比較において、「当業者が先願考案に基づいてきわめて容易に考案をすることができたもの」は「同一考案」と解すべきでない。
即ち、「先願考案に意味のない限定及び単なる設計変更を加えたに過ぎない考案」は、「当業者が先願考案に基づいてきわめて容易に考案をすることができたもの」に相当し、「同一の考案」ではない。
(4) 実用新案法第三条の二の規定の適用に当たり、先願考案に意味のない限定及び単なる設計変更を加えたに過ぎない後願考案は、先願考案と同一であるとして登録を排除する必要性がない。
即ち、このような後願考案に対し実用新案権が付与された場合、当該後願権利者は先願権利者に対し、当該後願考案を自由に実施することができない(実用新案法第一七条)ので、先願権利者に対して不利益を及ぼさない。
また、意味のない限定及び単なる設計変更を加えたに過ぎないものであるなら、第三者は、意味のない限定及び単なる設計変更を加えたに過ぎない部分を他のものに変更することが可能である。もし、他のものに変更することができなければ、それは、もはや、意味のない限定及び単なる設計変更を加えたに過ぎない考案と言うことができない。
従って、第三者は、当該後願権利に抵触しないものに容易に設計変更することができるので、第三者に対しても不利益を及ぼさない。
ここで注意を要するのは、先願考案に周知慣用手段を加えたに過ぎない考案と、意味のない限定及び単なる設計変更を加えたに過ぎない考案とは明確に区別されることである。
先願考案に周知慣用手段を加えたに過ぎない考案は、先願考案と同一であるとするのは論をまたないが、周知慣用手段ではないが、意味のない限定及び単なる設計変更を加えたものまで、同一であるとするのは、前述の如く根拠がない。
実用新案法の目的は、特許法との比較において小発明の保護にあるので、小発明保護の観点からも同一性判断は厳格に解すべきである。
(5) よって、先願考案に意味のない限定及び単なる設計変更を加えたに過ぎない考案は、実質的に同一の考案であるとして「同一」と認定した原判決は、実用新案法第三条の二第一項の解釈適用を誤った法令違背があり、これが判決に影響を及ぼすことは明かである。
第二、 原判決には、「先願考案のヘッダータンク31は冷却水増量用ヘッダータンクである」と認定した点、「エンジン稼働時の冷却水の最高温度条件として五〇℃を選択することは設計において適宜なし得る単なる設計変更と認められる。」と認定した点、及び、「冷却水を二〇l以上に増加させたことに作用効果上格別の技術的意義を見いだすことはできない。」と認定した点において、経験則違背、審理不尽ないし理由不備の違法があり、これが判決に影響を及ぼすこと明かである。
(1) 原判決は、「先願考案においては、ヘッダータンク31、パイプ32、34内を循環する水で満たす必要があり、そのために冷却水が増量されるものであり、この増量された冷却水をその内部に満たすヘッダータンク31は、冷却水増量用タンクということができるから、先願考案のヘッダータンク31は冷却水増量用ヘッダータンクであって、本願考案の補助タンクに相当する」(原判決第二二丁裏第四~一〇行)と判示する。
しかしながら、原判決の前記判示は、本願考案(甲第二、三号証)及び先願考案(甲第四号証)の内容を十分に検討せず、並びに、甲第六号証記載の事実を見落とした結果の判断であり、経験則に違背し、かつ、審理不尽の違法がある。
即ち、本願考案の補助タンクは、通常一〇l前後の冷却水を当該補助タンクにより二〇l以上に増量し、合計三〇l以上の冷却水で冷却しようとするものであり、冷却水中に発生する錆その他の混有異物を希釈化し、ラジエータの目詰まりを防止し、もって冷却効果を高く維持し、その結果エンジン各部の耐久性と作動効率を向上させることを目的としたものである。
しかるに、先願考案のヘッダータンクは、只単に冷却能力を補うものであり、冷却水を本願考案のように積極的に増量するものではない。
即ち、甲第六号証は、先願出願時における通常の乗用車の冷却水量を示すものであり、同号証によれば、通常の乗用車の冷却水量の合計は五・五~一二lであり、その内ヘッダータンクの容量は一~二lであることが明瞭に読み取れる。
従って、先願明細書に記載の乗用車の冷却水量及びヘッダータンクの容量は、甲第六号証に記載のものに近いものであることが推測される。このような小容量のヘッダータンク内の冷却水量がラジエータの冷却水と合流して循環するからといって、本願考案の二〇l以上の増量と同じように、冷却水が増量されたとは到底いうことができない。
従って、原判決は、経験則に反する判断をしたものであり、その原因は、甲第六号証、本願考案、及び、先願考案を十分に精査しなかったことにあり、審理不尽の違法があり、これが判決に影響を及ぼすことが明かである。
(2) 原判決は、「乙第一、二号証によれば、適当な冷却水温の範囲は以外に狭く、通常八〇℃前後において良好な運転ができるように設計されている」(原判決第二七丁裏第四行~第二八丁表第九行)と認定しておきながら、その一方で、「本願考案の前記冷却水温度五〇℃以下と右周知の冷却水温度八〇℃との間には、約三〇℃の差異があるが、前掲甲第二号証を検討してもこの差異を設けたことについての技術的意義は本願明細書から明かでない。そして、冷却水温度が五〇℃ということは、前記走行条件の三五℃よりも高い温度であり、周知の冷却水温度八〇℃よりも低い温度であることを踏まえれば、エンジン稼働時の冷却水の最高温度条件として五〇℃を選択することは設計において適宜なし得る単なる設計変更と認められる。」(原判決第二八丁表第一〇行~同裏第七行)と判示する。
しかしながら、この説示はきわめて非論理的であり、理由不備の違法がある。また、審理不尽の違法がある。
即ち、本件出願当時、冷却水温を八〇℃にすることが最良であり、それ以外は良くないとする一方、五〇℃にすることは単なる設計変更であると認定するのは理に合わない認定である。
即ち、原判決において、「本件出願当時エンジンの冷却系統の設計に当たっては、冷却水温を八〇℃前後として各部の設計をすることが当業者に周知であったというべきである」(原判決第二八丁表第五~八行)と認定しているとおり、本件出願当時、当業者において、エンジンの冷却水温を本願考案のように五〇℃以下にすることは考えられなかったのである。本願考案は、その出願当時の常識を破って、冷却水温を五〇℃以下に維持することを提案したのである。冷却水温を五〇℃以下に維持することは、出願当時の常識に反する画期的な提案であり、これが単なる設計変更であるとする根拠が示されていない。
従って、「エンジン稼働時の冷却水の最高温度条件として五〇℃を選択することは設計において適宜なし得る単なる設計変更と認められる。」との説示には何等理由が付されておらず、理由不備の違法があり、これが判決に影響を及ぼすこと明かである。
更に、原判決は、「本願考案の前記冷却水温度五〇℃以下と右周知の冷却水温度八〇℃との間には、約三〇℃の差異があるが、前掲甲第二号証を検討してもこの差異を設けたことについての技術的意義は本願明細書から明かでない。」(原判決第二八丁表第一〇行~同裏第二行)と判示するが、この判示は本願考案を正しく認識しなかった結果であり、審理不尽の違法がある。
即ち、本願考案(甲第二、三号証)によれば、冷却水温を五〇℃以下に維持することの作用効果が明記されている(甲第二号証第一〇ページ第六行~第一一ページ第二〇行)。
即ち、本件考案では、冷却水温を五〇℃以下に維持しているので、五万km走行しても、その圧縮比は、九・七~九・五を維持し、燃料消費量の増大を来さないのに対し、従来の八〇℃のものでは、加熱して、シリンダが摩耗し、シリンダとピストンのクリアランス(間隙)が大きくなり、馬力の低下、燃料消費量の増加を来すものである。この事実は、中古車を購入使用すれば明白である。
従って、「技術的意義は本願明細書から明かでない。」との説示は、経験則に違背し、且つ、本願考案を正しく認識しなかった結果であり、審理不尽の違法があり、これが判決に影響を及ぼすごと明かである。
(3) 原判決は、「冷却水を二〇l以上に増加させたことに作用効果上格別の技術的意義を見いだすことはできない。」(原判決第二八丁裏第一一行~第三〇丁表第一行)と判示する。しかし、この判示には、審理不尽の違法があり、これが判決に影響を及ぼすこと明かである。
即ち、本願考案は、只単に冷却水を二〇l以上に増加させる補助タンクを設けたものではなく、「冷却水を少なくとも二〇l以上増量する大きさとされ且つ冷却水ジャケット出口における冷却水温度を五〇℃以下に維持する大きさの容量を有する補助タンクを設けた」ものである点に意義が認められるべきものであることは、甲第二号証を精査すれば明らかなことである。
即ち、本願考案においては、二〇l、五〇℃の限定は、補助タンクの大きさを示すバロメータとしての意義を有するものである。そして、「少なくとも二〇l以上」の意義は、冷却水温を五〇℃以下に維持させるための要件としてあるものである。
しかるに、原判決は、二〇lと五〇℃とを切り離し、それぞれ単独でその意義を論じて、且つ、その数値限定が「補助タンクの容量」を示すものであることを見落としいるが、それは、本願考案を正しく認識しなかった結果であり、審理不尽の違法がある。
(4) 原判決は、「しかしながら、前記本件審決の理由の要点によれば、本件審決は、・・・・述べていると解することができ、本願考案の補助タンクが増量用のタンクであること及びこの冷却水の増量用タンクの冷却効果について、その意義を認めていることが明かである」(原判決第三〇丁裏第七行~第三一丁表第九行)と判示する一方で、前述の如く「本願考案の前記冷却水温度五〇℃以下と右周知の冷却水温度八〇℃との間には、約三〇℃の差異があるが、前掲甲第二号証を検討してもこの差異を設けたことについての技術的意義は本願明細書から明かでない。」(原判決第二八丁表第一〇行~同裏第二行)とか、「冷却水を二〇リットル以上に増加させたことに作用効果上格別の技術的意義を見いだすことはできない。」(原判決第二八丁裏第一一行~第三〇丁表第一行)と判示する。
前記判示は、一方では本願考案の効果を認め、他方ではその効果を否定したものであり、その理由に齪齬があり、理由不備の違法がある。
第三、原判決には、行政事件訴訟法第三三条第一項の解釈適用を誤った法令違背ないし審理不尽の違法があり、これが判決に影響を及ぼすこと明かである。
(1) 本件審決(甲第一号証)と前審決(甲第七号証)は実質的に同一である。
本審決と前審決は、その適用条文及び引用例が同じでないので、一見して、異なる理由で異なる処分をしたように見える。
しかしながら、本審決と前審決を精査すれば、両審決の理論構成は全く同一であること明かである。
即ち、前審決では、引用例の「補水タンク」と本願考案の「補助タンク」は同一であると認定し、相違点として、本願考案では、補助タンクの容量がエンジン温度を五〇℃以下に維持する容量とされているのに対して、引用例のものでは、その点に関して何等規定されていない点で両者は相違すると認定した。
そして、前記相違点については、「一般に、エンジンの温度は、エンジンの構造、材質、運転状態、運転時間、外気温度、冷却方法などによって変化するものであるから、単に補助タンクの容量をある値に決めたからといって、必ずエンジンの温度が五〇℃以下に維持されることにならないし、逆に、エンジンの温度が五〇℃以下に維持されるから、補助タンクの容量がある値に決まることにならない。
それ故、相違点のように限定したことによって、格別顕著な作用効果が生ずるとは認められない。
したがって、この出願の考案は、引用例に記載されたもの及び従来周知の技術から当業者がきわめて容易に考案をすることができたものである。」と認定した。
一方、本件審決では、先願考案の「ヘッダータンク」と本願考案の「補助タンク」は同一であると認定し、相違点として、本願考案では、補助タンクはその容量が冷却水を少なくとも二〇l以上増量する大きさで、且つ冷却水ジャケット出口における冷却水温度を五〇℃以下に維持する大きさとされているのに対して、先願明細書に記載された考案のヘッダータンクは、その容量がどの程度のものか明記されていない点で形式的に相違すると認定した。
そして、前記相違点については、「冷却水のジャケット出口における水温は、補助タンクの容量のみによって決定できるものではないが、本来、エソジンの種別効率、耐久性、燃料等、種々の要請に基づいて決定される設計事項というべきであって、・・・・そのどちらを選択するかは設計者が何を重点として冷却系統を設計するかに基づく設計上の差に過ぎないというべきである。しかも、特に五〇℃という値を選定した点にも格別意義は見いだし得ない。したがって、冷却水ジャケット出口における冷却水温度を五〇℃以下に維持せしめたことは、先願明細書に記載された考案の単なる設計変更に過ぎない。」と認定した。
前記両審決を比較すると、両者は形式的に相違するが、その内容は実質的に同一であること明白である。
(2) 以上のごとく、本件審決は、前審決と実質的に同一の理由で、実質的に同一の処分をしたものであり、このような場合も「同一」の理由、「同一」の処分として行政事件訴訟法第三三条第一項を適用すべきであるところ、原判決はその解釈適用を誤った法令違背があり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかである。
以上